2017/05/26

果てなくつづく レットイットビー




このたび、、果て無く続く、、、レットイットビー

のんき


この旅、、果てもないたびの  つくづくぼうし

種田山頭火


に倣って、

たびでもしたいが、

時間はあっても、金がねえ

車はあっても、ガソリンがねえ、

おらあ、こんなむら、いやだあ、
おらあ、こんな日本、いやだあ、、、、


誰か無銭旅行のしかたを教えてくれ、

供する友もひとりもいなくなっちまった。


若い時は、
ひっちはいくでも、
歩きでも、走りでも、なんでもしたが、体力もなくなっちまった。

やはり、

ひきこもりかあ。

心の中にまた、ひきこもりかあ。


だれだって、好きで、ひきこもっているやつなんか一人もいねえ。

どん底に居るとき、聴けばいいときいた、レットイットビーも、つらくてたまんねえ。
2017/03/19

合掌の





合掌の  枝垂れて桜 三重塔



※ 合掌とは、

右手は仏の象徴で、清らかなものや知恵を表す。
左手は衆生、つまり自分自身であり、
不浄さを持ってはいるが行動力の象徴である。

両手を合わせることにより、仏と一体になることや仏への帰依を示すとされる。

他人に向かって合掌をすることは、その者への深い尊敬の念を表す。

アジア以外(特に欧米)ではしばしば挨拶のつもりで
極東の東洋人(日本人・中国人・韓国人など)に向かって合掌しお辞儀をするものがいるが、

僧以外の一般人が日常の挨拶として合掌をするのは東南アジアや南アジアの一部の国や地域(インドのナマステやタイのワイなど)に限られる。

このステレオタイプはアメリカをはじめとするメディア(娯楽番組・映画・アニメなど)にしばしば登場する。

日本では
仏教に関する儀式の際に行われるだけでなく、お詫びをするときやお願いをするときに、相手を持ち上げるための仕草として使う例もある。

また、食前食後の挨拶の際に合掌する例もあるが、これは仏教由来の習慣である。

仏教徒は、あらゆる挨拶において合掌をする。
神道では柏手として手を打ち合わせるが、その後は両手を下ろし、お辞儀して礼拝する(神道の礼拝では本来、合掌はしない)。
2017/02/14

日本最強の守護神 藤本那菜 さま






肋骨3本 折られても、ソチの借りは返したる



円らな瞳  こんなアニメな目があるか



この画も ある女優に似ています



140キロのスラップショット 撥ね返します
2017/01/30

とんがらし 羽を付けたら  赤とんぼ




誰を恨んでも 憎んでも 赤とんぼ


春が来ても夏きても  こころは真冬


変えられるのは  自分だけと いう無慈悲


変えられる努力が出来るなら、とうにしておるわい
2017/01/30

北風と 太陽よりも、、、仕事保障




雪礫(ゆきつぶて)

石のつぶてに  感じるひとの目線


人の世の冷たさと  あたたかさ  口ばかり


口の先  何とでもいうがよい 地蔵さん