2016/12/01

通り過ぎる車の傍らで、





かてきょの帰り道、
夜9時半、

脇道で、

一台の軽自動車が停まっていた。
徐行して、通り過ぎる瞬間に、

ひとりのひとが、
しゃがんで、
タイヤの横に居た。

(ははん、、タイヤパンク修理か何かか?珍しいなあ、むかしはよくあったもんだ...)
と思いながら、

私は、いつも、キャンプ用に、大きい、懐中電灯を持っていたので、
一旦、通り過ぎて、バックして、
左に寄せた、

懐中電灯をもって、近寄った。

何台もなんだいも、通り過ぎていく、


照らしながら、
わけ・事情を訊いてみた。

どうやら、右後ろと左前のタイヤ二本がパンクしている様子だった。

一本、
スペアと交換しても、こまっちまうケースだ。

私のスペアを取り敢えず、貸すアイデアもあったが、

知合いに電話中で、

とにかく、
一本、左前のをスペアと交換して、知り合いのヘルプを待つということになった。


何台もなんだいも難題も通り過ぎていく、自動車たち、さぞ、道路の往来が迷惑そうに、、、、、


その間、
私の車を動かして、ライトで大きく照らした。
尚且つ、

懐中電灯で、
照らしながら、

相手の人が、素手だったので、軍手も提供した。

援け合い、
相互扶助、
こんなことばが、懐かしすぎる、

先日、

私も昼間、

営業車が脱輪した時に、

農作業していた、高倉健風のひとが、数人を呼んで、後ろから押してくれて、助かった、車が押しあがった途端、何も言わずにさっそうと去っていく横島町のひとたちが、

昭和の高倉健ふうさんたちみたいで、
カッコよかった。


今は、
昼間でも、

夜間でも、

暑かろうが寒かろうが、

行きすぎる人が多い、

昭和の寅さんたちは、何処にいったのだろう、(昔は、一台停まると、何台も停まってきてくれたようなものだった、それらを期待もあてにもしていないが、)

寅さんや健さんの名前借りなくても、それらが常識であった時代は、遠い過去になっちまったんだろうと思う。

ただ、
それだけのことを言いたかった。

故障の軽のそのひとは、

しきりに、
お礼を言っていた。

困ったときはお互い様だ。

復興熊本地震と、大声で叫ばなくとも、
いちばん近くの人、困っているひとに、出来る手助けをすれば、よい、ただそれだけでいい、
ちょっと立ち止って、

様子を訊き合えばいい、

アナログの社会よ、何処行った。

熊本の援け合い、は、すぐそばの課題。

2016/10/30

若者よ、世界に翔け




現代の

ラストサムライ

リアル二刀流、


日本を制してのだから、


どこでもはばたくがよい。


君ならできる。


ベーブルースを超える日が来る。

メジャーを
あっといわせろ。

2016/07/23

ひなだけど、非力じゃないよ。




銀の龍の背に乗って - 中島みゆき


あの蒼ざめた海の彼方で 今まさに誰かが傷んでいる
在那蒼茫大海的那一方 現在有人正受著傷

まだ飛べない雛たちみたいに 僕はこの非力を嘆げいている
就像還不會飛的雛鳥一般 我因自己的力量不夠而嘆息

急げ悲しみ 翼に変われ
悲傷啊 快變成羽翼吧

急げ傷跡あと 羅針盤になれ
傷痕啊 快變成羅盤吧

まだ飛べない雛たちみたいに 僕はこの非力を嘆げいている
像還不會飛的雛鳥一般 我因自己的力量不夠而嘆息

夢が迎えに来てくれるまで 震えて待ってるだけだった昨日
在夢想對我敞開迎候之前 昨日徒然顫抖地等待

明日 僕は龍の足元へ崖を登り
明天我將登上龍足的山崖

呼ぶよ「さあ、行こうぜ」
我將高喊:出發吧!

銀の龍の背に乗って 届けに行こう 命の砂漠へ
騎在銀龍背上 快到命運的沙漠

銀の龍の背に乗って 運んで行いこう 雨雲の渦を
騎在銀龍背上 渡過雲雨的漩渦



失なうものさえ失なってなお 人はまだ誰かの指にすがる
就算因為失去的事物而更加迷失 人們也還能依賴他人的指引

柔らかな皮膚しかない理由は 人が人の傷みを聴くためだ
比柔嫩的肌膚都還要溫柔的理由 是因為人們為了聽到人的苦痛而出口

急げ悲しみ 翼に変われ
悲傷啊 快變成羽翼吧

急げ傷跡  羅針盤になれ
傷痕啊 快變成羅盤吧

まだ飛べない雛たちみたいに 僕はこの非力を嘆いている
像還不會飛的雛鳥一般 我因自己的力量不夠而嘆息

わたボコリぼこりみたいな翼でも 木の芽みたいな頼りない爪でも
即使我的翅膀還只是黃色小雞的程度 即使我的爪子像樹芽般還不夠可靠

明日  僕は龍の足元へ崖を登り
明天我將登上龍足的山崖

呼ぶよ「さあ、行こうぜ」
我將高喊:出發吧!

銀の龍の背に乗って 届けに行いこう 命の砂漠へ
騎在銀龍背上 快到命運的沙漠

銀の龍の背に乗って 運んで行こう 雨雲の渦を
騎在銀龍背上 渡過雲雨的漩渦

銀の龍の背に乗って 運んで行いこう 雨雲の渦を
騎在銀龍背上 渡過雲雨的漩渦

銀の龍の背に乗って
我騎乘在銀龍的背上

銀の龍の背に乗って
我騎乘在銀龍的背上

銀の龍の背に乗って
我騎乘在銀龍的背上

銀の龍の背に乗って
我騎乘在銀龍的背上



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私のんきが、

この唄を
むすこに謳ってあげたとき、

「ぼくは
ひなみたいだけど、

非力じゃないよ。」

と言った。

何ともいえない、

言葉にできない。



今、むすこも病気と闘っている。

私もむすこも、

病気になったのは、
このフレーズ

失なうものさえ失なってなお 人はまだ誰かの指にすがる


柔らかな皮膚しかない理由(わけ)は 人が人の傷みを聴くためだ

なのだが、

人の痛みを聴いて、ゆれすぎる、われわれは、ゆれてぶれて、しんどいのだ。

鉄のこころが欲しいとも思う。
2016/07/23

銀の意味。天才中島みゆき



下記の記事、
フェイスブックで、シェアさせてもらい、

そのまま、引用させてもらい、学びたいと思います。

偉大なやさしい、中島みゆきの才能を今一度、リスペクトする。



中島みゆき 銀の龍の背に乗っての謎を解明する!


いまや国民的スターと呼んでもはばかりない歌手、中島みゆき。

彼女の歌は多くの人の琴線(きんせん)にふれていますね。

大ヒットした中島みゆきの曲「銀の龍の背に乗って」。今回はその曲を取り上げます。

いったいどんな曲で、
銀の龍とはなんなのでしょうか?知られざるエピソードを語ってみたいと思いますので、よろしくお願いします。


「銀の龍の背に乗って」のキーワードは、、、「非力」ということ。


この銀の龍の背に乗っては、フジテレビのドラマである、「Dr.コトー診療所」のテーマ曲でもありました。

この曲に込められた意味とは何でしょうか?

それは、船が波を切ってできる白波。

白波が太陽に照らされて輝くサマを「銀の龍」と表現しています。


金の龍ではなく、銀の龍。

強くたくましい金の龍のイメージではなく、

非力で、弱弱しい銀の龍のイメージなのです。そのこだわりが、この曲のイメージテーマ、

そしてキーワードである、「非力」につながっているのです。


「銀の龍の背に乗って」の「銀」の語源は、、、?

銀、シルバー、Silverという単語には、語源があります。

それはメソポタミア語の「輝く」という意味をもってます。

そして「純粋」「無垢」「神聖」の象徴でもあるのです。

ですので、
昔からずっと、教会で使われる宗教の儀式に必要な道具は、

銀で作られているんですよね。

そんな意味合いも、銀の龍の背に乗って、には含まれているのではないでしょうか。



産婦人科医だった中島みゆきのお父様の言葉をつかって!

中島みゆきさんは、お父さんは産婦人科医だそうです。

「銀の龍の背に乗って」は、そんなお父さんの言葉もモチーフにして作ったといわれています。

お父さんへの愛、育ててくれたときの思い出などがつまった、楽曲でもあるのですね。

また、
中島みゆきさんは、吉田拓郎さんのファンでも知られています。ミニスカートで吉田拓郎さんの楽屋を訪れたこともあるそうですよ。

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中島みゆき「銀の龍の背に乗って」が気になったら、ライブで見てみよう!


いかがでしたでしょうか?

中島みゆきの、「銀の龍の背に乗って」。

こんなエピソードが隠されていたんですね。

ますます好きになっちゃいませんか?そしてそんな中島みゆきが気になったら、ぜひライブで見てみましょう!

中島みゆきのライブチケットはとってもレア!
でもチケットキャンプなら手に入ります!

チケットキャンプではそんな中島みゆきのライブチケットを取り扱っています。どうぞご覧ください。
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もう、10年前くらいになるだろうか。

ラグビーの後輩のRが、最愛の妹を、不治の病とされた癌で失くして、憔悴しきっていると聴いた。

それを心配するラグビーのマネージャーMが、
私のんきを誘って、

人吉に行って、

励ました。


私のんきは、
精一杯の想いで、

へたくそギターを弾きながら、謳った。(あらかじめ、何日か練習しておいたが、へただった。)


銀の龍の背に乗って

ヨイトマケの唄

人吉の焼酎は、うるると美味しかった。

お土産に
人吉米焼酎「大石」
を頂いた。

あの
Dr コト―診療所のドラマは泣けに泣けていた。
主演は、吉岡秀隆だ。

このドラマの背景には、実際に鹿児島の上甑島の診療所の先生が居るというから、おったまげる。

現代版のブラックジャックといえるだろうが、実際のコト―先生は、高い報酬などとらない、

吉岡は非力の代表格であっただろう。

今、北の国からのリバイバルがあっているが、あのじゅん役が子役で出ていて、成長していった番組だ。

ドクターコト―か、
離れ島の診療所から、

住民たちのいのちを追いかけ、船酔いしながら、非力だが、漁船のふねという龍に乗って、疾風していた。

尊敬している。

上記のブログをかいてくれたひとにも尊敬の念を送る。有難う。

さて、
この10年の間に、
さまざまの病気を背負い、障碍者にもなり、
はからずも
非力になっちまった。

仕事も奪われた。

だけど、
今一度、
非力なわたしだが、強く願うし、自分の特長の絵描きやアイデアをいかし、あがいている。ひよこのような翼である。

今改めて、、、、

銀の龍が欲しいし、
つばさがほしい。

なんとかならんか。

自力でなんとかするしかないから、足掻いている。
2016/07/22

銀の龍の背にのっけて。





銀の龍の背に

のっけてっほしい。

特大の燻し銀の大竜の背に乗って、
しがみついて、

離れず、
くらいつき・・・
落ちずに・・・・・・・

乗っかっていって、
天を駆け巡り、全世界をめぐらし、全ての核兵器や非人道的な武器兵器や、人間の相互の憎悪や差別や不合理矛盾を吸いとって、宙に舞い上がり、

真っ暗な、宇宙の果てまで、盗み取り持ち去って運んでしまいたい・・・・・・・・・・。





それで、

わたしのらいふわーくは・・・・・おっしまい。(ける)

マイケルはミカエル、
ミヒャエル、
ミッシェル、
マイク、
ミッキー
ミッシェリン・・・

只の言葉遊び(蛇足でした、りゅうだけに。)