2017/06/13

リーチマイケルの弁慶トライ




リーチは、
タックルもトライも、どちらも出来る。


しかしながら、

ラグビーにおいて、一番痛快なのは、もちろんトライである。


一番、勇気が要り、怖いのは、タックルなのだが、

タックル至上主義の日本的指導は、伸びない、


なぜなら、

精神主義的で、嫌なことをおしつけるからである。

タックルが一番うまくなるのは、

流れを読む、見えるタッチラグビーをすることだ。

それをして、

ボールゲーム、
パスゲーム
だということを体得させると、実はタックルポイントを覚えてくる。総合的な動きが見えてくる、コンセントレーションがよく理解できてくるのだ。


したがって、


アタッキングラグビーが一番楽しいわけで、
それを伸ばしたら、
ディフェンシブラグビーも上達して、伸びてくる。
2016/07/25

ダニエル・カーターの目力(めぢから)





ダニエル・カーターのキック、

慎重にプレースしたあと、

数歩下がり、

ラグビーボールの一番下の、ポイントを穴が開くように見続ける。

ずっと睨み付けたまま、

身体全体はリラックスしていて、

最後のインパクトに全精力を向ける。

蹴ったあとも、ずっとボールのヒットポイントを向き続けている。

それが、彼の特長だ。

世界最高の点数がこの眼とキックから産れてきた。

狙ったら、

ほとんど100パーセントの率で入る。

50mや60mのペナルティーキックも楽々に飛んでいき、入る。

ちなみに、

ドロップキック(ワンバウンドさせていれるキック=3点)のギネス記録を聴いてびっくりされると思う。

90m

である。
殆ど、
自陣から蹴ったものが入っていったという大記録である。

優れたキッカーは何処で蹴ると思いますか、

背筋力で蹴ります。

大体、

ほとんどのスポーツは力は背筋からうまれます。

2016/07/25

自宅の庭や牧草地で、プレースキックや練習出来るNZの選手たち


阿蘇にそっくり
熊本にこんな処あります。いっぱい。



2015年
ワールドカップイングランドで、
優勝したのは、NZ・オールブラックスであった。

その試合でもマンオンザマッチに選ばれたのは、ダン・カーターであった。
下記は、
彼の自宅での練習を前日に語っていた証拠です。

ほかにも、NZにおける多くのラガーマンたちは、
自宅が、凄く凄く広い広い、牧草地、丘陵地を含む広大な地形で、トレーニングをしてきた歴史を持っています。
労働とトレーニングを兼ねていた選手もいっぱいいます。

丘の坂道もそうですが、石ころもあるような、自然のアップダウンの地域なので、今でいう、「体幹を鍛えていた」のです、

だから、彼らは、伝統的に、倒れない、ぶれない、ゆれない、ぶれながらも、走り廻り続ける、倒れながらもボールを支配し続け、繋ぎ続ける継続できるプレイが自ずと出来るのですね。

これは理屈ではないです。日本が、百年鍛錬しても、かないません。
それらの良さをもっともっと具体的にとらえないと追いつけません。

オールブラックスが強いのはそんなところにあります。

上記の写真、熊本阿蘇の地形に似ていると思いませんか、日本ラグビーと阿蘇の復活、何やら結び付けられないかなと一人北笑みながら、構想しています。



ダン・カーターは、
試合前日、プレースキックの調子について質問されて、こう答えている。

「この一週間はいつも通りのルーティンで練習していた。

5歳くらいのとき、自宅の庭でやっていたキック練習を思い出していたよ」。

ただ楽しくて、
無心で蹴っていた頃の気持ちを思い出したからこそ、

すべてのキックが決まったのかもしれない。


勝つために周到な準備をした上で無心にプレーする選手たち、その姿をまっすぐに見守る観客。

2019年の日本大会でも、そんなスタジアムの雰囲気を味わってみたい。そう感じさせるRWC2015の決勝戦だった。
2016/07/25

テストマッチ個人通算ポイント数歴代最多記録保持者 SO ダン・カーター


独特のひっかけるような左キック。視線がボールを蹴るところを蹴った跡もこんなに見続けているヘッドアップをしない集中力、自宅でこのゴールキックの練習が出来るほど、広い庭?を持つ家がある。幼少時代から蹴り続けた。


この下絵から、描き始めてみました。

マコウの次に、
紹介したい選手は、ダン・カーターだ。
世界最高得点の保持者だ。司令塔のスタンドオフだ。


キックが上手いだけでなく、チャンスを作り、自らもガンガントライを奪いに行く。
世界中のゴールキッカーの憧れであるが、

キックだけではない、オールブラックス史上、最高のスタンドオフである。



ダニエル・カーター
(Daniel William Carter 、1982年3月5日 - )は、ニュージーランドのラグビー選手。
ダン・カーター(Dan Carter)と表記、呼ばれることもある。

ポジションはフライハーフ(スタンドオフ)。

ワールドラグビー年間最優秀選手賞3回。テストマッチ個人通算ポイント数歴代最多記録保持者



来歴

クライストチャーチ郊外サウス・ブリッジ生まれ。
クライストチャーチ・ボーイズ・ハイスクール卒業。
エア・ニュージーランド・カップのカンタベリー、スーパー14のクルセイダーズ、そしてラグビーニュージーランド代表(オールブラックス)のメンバーである。

2003年にクルセイダーズにデビューし、
同年6月21日の対ウェールズ戦で初キャップを獲得した。

当時のオールブラックスでは、
カーロス・スペンサーが不動の正スタンドオフ(背番号10番)であり、カーターはインサイドセンター(12番)に回っていたが、スペンサーが怪我で参加しなかった
2004年11月の欧州遠征でスタンドオフに抜擢され、それ以降不動の10番となった。


ワールドラグビーの年間最優秀選手に3回選出されるなど、世界最高のスタンドオフと評される。

またゴールキックの精度も高く、
2006年末までに35テストマッチに出場して540得点を記録している。

特に、2005年7月2日の対ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ第2テストマッチでは33点を挙げ、

従来のオールブラックスの対ライオンズ戦個人最多得点記録の18点を大幅に更新した。

また2006年のスーパー14では、

この年から年間試合数が2試合増えたことにも助けられ、221得点を挙げて大会記録を更新した。

2002年からホッケー女子ニュージーランド代表のホナー・ディロンと交際し2010年10月15日にディロンと婚約を発表。

2010年11月27日に開催された
ラグビーウェールズ代表との試合でテストマッチ個人通算1188ポイントを記録し、ジョニー・ウィルキンソン(イングランド代表)を超え歴代1位となった。


2011年、自国開催のワールドカップでは大会中の練習で負傷し、試合に出場できなくなったがニュージーランド代表は優勝した。

2015年、イングランドで開催されたワールドカップに出場し正フライハーフとして活躍、
チームの史上初の連覇に貢献した。

大会終了後はニュージーランドを離れ、フランストップ14のラシン92とラグビー界史上最高額とされる年俸で契約し、移籍した。

2016年7月8日ダン・カーター自伝 -オールブラックス伝説の10番- 日本語版発売 原題:DAN CARTER THE AUTOBIOGRAPHY OF AN ALL BLACKS LEGEND 出版:東洋館出版社