2018/06/20

サランスクの奇跡、大金星 コロンビアに日本勝つ




勝ち点は、
1点の引き分けでいいと思っていたが、

見事にかって、勝ち点が3点とは、信じられなかった。

日本はスタートから集中していた、
自陣から、香川が、浮き球を大迫へ、集中力が半端なかった大迫、
ゴールにせまる勢いのシュートにおける


こぼれ球を、後ろに来ていた香川がシュート。

焦っていた守備陣(しかも守備のかなめ)の独りが、思わず、右腕を出した、
悪質として、
レッドカード。(コロンビア1人退場)


最初から、風ならぬ大嵐がふいた。

キッカーを主張する香川。積極的だ。
香川に対して、
相手のことば攻撃の邪魔がいっぱい入る中で、
惑わされずに、
慎重に、
丁寧に、
大胆に、
真ん中に決めた。
ワールドカップの本番では、なかなか決められないコースだ。
(日本1-0コロンビア)

前半の終わりに、
また相手のしたたかなファウルをしかける攻撃で、
(長谷部をこかしながら、ファウルだとこけるプレイー反対にコロンビアのファウルではないか?と思えるほど)、フリーキックをとられた。
キンテーロの右ロングシュートをグランダ―で決められた、
(日本1-1コロンビア)

後半も
日本は
攻撃的に入った、
香川と代わった本田が、左足で左コーナーキックを、カーブかけて、綺麗に蹴った。
合わせたのは、
半端ない大迫、見事なヘディングシュートだった。
(日本2-1コロンビア)
1点のリードだ。

また大迫は、守備にも果敢に動き、ハメスのシュートもかろうじて防いだ。

凄い1回戦だった。

トーナメント進出は、
これで、いけるかもしれないが、油断は禁物だ。
2018/06/14

仲間がパクられた日曜の朝  雨の中をゆがんで走る・・




森田童子の
生年月日は、1952年1月15日生まれ、中島みゆきは、同年2月25日生まれなので、同学年です。
両人は、タイプがまったく違うと思いますが、根底に流れるものに、共通共感するものを感じさせます。

学園闘争吹き荒れる時代に高校時代をおくり、東京教育大学(今の筑波大学といっていいのか、悪いのか)の学生運動と交流がありました。
童子は高校を中途退学して、気ままな?生活を送っていましたが、友人の死をきっかけにシンガーソングライターの歌手活動を始めます。
この友人の死をモチーフにしたのが、この唄です。

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さよなら 僕の友達

唄:森田童子
作詞:森田童子
作曲:森田童子


長い髪をかきあげて
ひげをはやした
やさしい君は
ひとりぽっちで ひとごみを
歩いていたネ
さよなら ぼくの ともだち

夏休みのキャンパス通り
コーヒーショップのウィンドウの向う
君はやさしい まなざしで
ぼくを呼んでいたネ
さよなら ぼくの ともだち

息がつまる夏の部屋で
窓もドアも閉めきって
君は汗をかいて
ねむっていたネ
さよなら ぼくの ともだち

行ったこともないメキシコの話を
君はクスリが回ってくると
いつもぼくにくり返し
話してくれたネ
さよなら ぼくの ともだち

  仲間がパクられた日曜の朝
  雨の中をゆがんで走る
  やさしい君は それから
  変ってしまったネ
  さよなら ぼくの ともだち

  ひげをはやした無口な君が
  帰ってこなくなった部屋に
  君のハブラシとコートが
  残っているヨ
  さよなら ぼくの ともだち

  弱虫でやさしい静かな君を
  ぼくはとっても好きだった
  君はぼくのいいともだちだった
  さよなら ぼくの ともだち
  さよなら ぼくの ともだち
2018/06/13

たとえば、ぼくが死んだら、、、、、、





たとえば、ぼくが死んだら




そっと、忘れてほしい
2018/06/12

無になって・・・・結婚したほうがいい~健やかなるときも、病めるときも、





ボクシングの村田は、
よく書籍を読むという、
あらゆる書物を、哲学書にかえてしまう
二刀流の
宮本武蔵のような風貌になってきた。宮本武蔵は書も画も秀でたものをもっていた。



大谷翔平も、
書籍をよむのもいいと想うが、

ヨガをしてみるといいのじゃないかと思う。

あらゆるスポーツの身体訓練を、自分の総身に合わせるときに、無理をしない自然さが必要だ。

純真すぎるから、120パーセント以上も、全力を出してしまう、だから、怪我が多いのだろうと考えられる。


あと一番、大事なこと、
お嫁さんをもらって、愛情を育み、、、、
精神的安定を図り、アスリートの食生活を充実させることだ。

しんどいトレーニング、心と身体がいたいいたい投げ出したい、時には自分を見失いそうになる長ーいリハビリの生活においては、愛する尊敬出来うるパートナーが必要だ。


「健やかなるときも、病めるときも、
喜びのときも、悲しみのときも、

富めるときも、貧しいときも、
これを愛し、
これを敬い、
これを慰め、
これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
2018/06/11

ぼちぼち、行こう。大谷をじっくり支えよう





★ かつて、アメリカで心底、心配されたアスリートが居ただろうか⁇
大谷の状態、復帰を、全世界のファンが注目している。

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 右肘の内側側副靱帯損傷で、
「グレード2」。
3週間は、ノースロー。その後、どう転ぶかは、誰にも分からない。

 張りを訴えたのが、
6日の試合後。翌7日、ミネソタ遠征には帯同せず、大谷はアナハイムに残ってMRI検査(磁気共鳴画像装置)を受け、靭帯の損傷を確認。
早速、「PRP注射」という自身の血液から採取した血小板を利用した再生治療が行われたとのことだが、
部分断裂した靭帯は自然治癒することはなく、再生することもない。

 となると、、
今後、どんなシナリオが想定できるのか。

 ベストは、2か月後の復帰だろう。



★ ベスト2か月の最短であっても、
十分な治療でなければ、再発もありうる。

最長、最悪の
1年から2年間とみても、

最高最良の治療、リハビリが重要だろう。

投手は差し置いても、
二刀流の夢はいったんおいて、
打者だけの復活は、考え期待されるといえる。

しかし、
長い間の野球生活の活躍を考えた時に、
じっくりと、行ったほうがいいだろう。
焦る必要は無い。
あせったら、悪い方に行く。まだまだ、23歳だ。若い。


ぼちぼちいこう。
こうなったら、こうなったの運命の道、やり方がある。

局面打開の起死回生の方法は、、


大谷翔平自身が、よく理解している。