2017/06/25

昼ねかな






よき人の  机によりて  昼ねかな

尾崎放哉



尾崎放哉は、
鳥取の生まれ、中学時代(現今で言うところの高校か)から、

詩作・句作が始まったとされている。

そのころの句である。


よきひととは、憧れて大好きな人・つまり初恋のひとか?
その

机によりて、
というのは、隣りのつくえによってきてなのか、よきひと自身の机に、彼女の居ぬ間に、間違えたふりして、昼下がりの時間、昼寝でもしたというのだろう?


連想してしまう、
純粋な頃の、

恋か、なにかわからない、もどかしい時代、甘酸っぱい青い春の数年間。


のんびりとした時代でもあったのだろうか。

幸せな放哉だろう。
2017/06/25

雪は晴れたる







雪は晴れたる  小供らの声に  日が当る


尾崎放哉


きらきらした一句ですね、
身近にいる、側で遊んでいる子どもたちが好きなんでしょう。

雪が降ると、積もっても積もらないでも、子どもたちは、大体、戸外に出て、動き回り、遊びを自由に作り出しますよね。
高齢者や病者は、だいたい、
炬燵で丸くなる。

でも、外の軽やかな声が聞こえてきて、みかんを食べながらも、覗きたくなりますね。

それでいいのだと思います。冬の木漏れ日のひねもすは。

寒いひ、燥ぎ回る子らの飛び交う声に、太陽がさんさんさんさんと当たるという描写が、
秀逸ですね。
放射冷却のひだろうから、
朝はとっても冷えて、昼はとっても晴れます。でも空気は冷たく、頬をつんざきますが、子どもはそれに向かって走り回ります。

ラグビーって、
こんな感じです。盗っても寒い日の試合は、寒くてつめたいけど、全然疲れません。疲労感が出てこないので、お互いいいゲームができます。
乾いた芝生の匂いがしてきます。
勝っても負けても、、、、ノーサイドです。

ノーサイドでも、
後悔と達成感が、過半数を超えないところで、入り混じります。でもファイトをした奴ほど、仲良くなります。



雪はの一句は、
むかしの

やせがへる 負けるな一茶これにあり
を想いだします。

◆ 書字は、恥ずかしいほど下手だが、練習してみた。
2017/06/25

バケツ一杯の 月光を






バケツ一杯の


月光を


汲み込んで置く



◆ 尾崎邦放哉(jほうさい)なき後、 箱から2700首も、出てきたそうな。山頭火のにおいがしますね、お仲間さんでしょう。

ばけついっぱいの
月は、三日月か、半月か、満月なのか、わからない。

感動しているから、大きい方かもしれない。

大宇宙を、手近の手元におく、大胆さと、水汲みの優しさとさり気無さの、大小の比較がある。
掴んでみたかった特大・極大を、きわめて小さなものに押し込めて見る。

自分の心理的合理化だろうが、仕方がない。それでいいじゃないか


放哉は、
まれにみる繊細なんだろうと思う、
繊細なわたしがいうから間違いない、

東大法学部のエリートから、一流保険会社を紹介されるが、
そこを出てしまう。

杓子定規の四角い世界では生きていけなかったのだろう。
若くして病気になり、夭折した。