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2016/06/13

其れでも、凛と立つ熊本城(




「熊本城 」



と、

したためてみた。

この漢字は、天守閣を抱いた熊本城そのものではないか。

ほんなこつ、凄かなあ。

石垣数千万倒れても、

其れでも、
どがんでも、こがんでも


足っている。

舞うごつ、
血しぶきあげても、はうごつ大傷だらけでも、、、「凛」として、
太陽に向かって、

立っている。

清正公(せいしょこ)さんの知恵もので、「重い(思い)瓦」を武者震いで打ち払い、そぎ落として、大崩れを自ら、防ぎおった。

黙って、歯を食いしばって、腕組んで建っている。


強かと書いて「したたか」と読む。


何の、まくるか、負けるもんかい、、
城下熊本肥後民衆二百万人、我慢強さでは、世界一ばい。
とつけむにゃあだろうが。やせ我慢も負けん気も強がりも世界一。しゃちほこ落としても、誇りは落ちない。気合も気概も、もっとっと。奇跡の回復力も、復元力も、とっとっと。(とっているのです。)世界のカルデラ、大阿蘇の水瓶にひびが入ろうが、しみろうが、何のことは無い、真水も湧き出す湯も沸きあがる、世界一の水の国・火の国たい。





2016/06/13

エディが古豪イングランドを斬る!39-28 豪州に大勝!!日本は最悪の危機。




これは凄いことである。

エディがこんなに早く、成果を出すとは思わなかった。

シックスネーションズで、全勝優勝した古豪イングランドに喝を入れて、締めた。

そして、尚且つ、W杯準優勝の豪州に勝ったのだ。

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イングランドがオーストラリア破る ラグビーのテストマッチ

2016/6/11 23:54

 【ブリスベン(オーストラリア)=共同】
ラグビーのイングランド代表は11日、オーストラリアのブリスベンでオーストラリア代表とのテストマッチ第1戦を行い、
39―28で勝った。

 日本代表前ヘッドコーチのジョーンズ監督が率いるイングランドは
前半を19―13で折り返し、
後半も2トライを奪った。

SOファレルもプレースキックを9本決めるなど手堅く加点し、

昨年のワールドカップ(W杯)準優勝のオーストラリアを破った。

ジョーンズ監督は

「われわれは今日、歴史をつくったが、まだ十分とは言えない。浮かれてはならない」と話した。

 両チームは25日までオーストラリア各地で計3度対戦する。

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エディの厳しさで、

古豪イングランドは、
プライドを本当に捨てて、



修羅になるかだ。

日本からは、鬼も修羅も、奇跡のヘッドコーチも消えた。

何で?


南アを破った奇跡は、もう既に過去であり、(日本人主体のサンウルブズの低迷に現れている。伸びているのは山田と松島だけの個人力だけだ。)

テレビ等で持て囃されすぎたジャパンと日本人と
浮かれすぎた全日本選手は、

もう一度、
地獄に舞い戻る。間違いが無い。

「復讐の鬼」になってくるのは、もう一つの古豪・スコットランド自身だ。日本地元開催の有利さなんて微塵もない。

2019年ワールドカップ日本の、決勝進出やベスト4の夢などは、逆に遠のいているのだ。四年間が短い。あと3年半も無いのである。早期に立て直さないとぼろぼろに、崩れている。
2016/06/13

(緊急加筆修正)母国は復活、エディで、シックスネーションズ全勝優勝!!そして、喝!

エディである。




(加筆修正して、追記)

ラグビーを生み出した母国・イングランドは、
ワールドカップラグビー・イングランド大会において、
決勝リーグに進出できなかったので、散々に母国国民から罵倒された。
そのあと、意地でも、方向性を変えた。恥も外聞もなく、日本代表の監督だったエディヘッドコーチを取りに行ったのである。

なぜ、
日本が手放したのか?はここで触れない。

ただ、イングランドの矜持は、元々在り、強くなるだろうと思われた。

監督就任早々、3月のシックスネーションズ(六か国ラグビー)で、イングランドは13年ぶりのグランドスラム(全勝優勝)を勝ち取った。

いきなりである。

何をかいわんや。

そして、
尚且つ、

浮かれたイングランドをエディは斬った。

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エディーHC「態度を改めなければイングランド代表から外す」―慢心する選手に警告

2016年04月16日 13:52 発信地:ロンドン/英国

【4月16日 AFP】

ラグビーイングランド代表のエディー・ジョーンズ(Eddie Jones)ヘッドコーチ(HC)は15日、

シックスネーションズ(Six Nations Rugby 2016)で

全勝優勝(グランドスラム)を果たした選手の慢心に不快感を示し、数人をオーストラリア遠征に帯同させない可能性を示唆した。

 シックスネーションズ制覇に
貢献した4、5人の選手が所属クラブでみせているパフォーマンスに不満を募らせている
ジョーンズHCは、6月に行われるワラビーズ(Wallabies、オーストラリア代表の愛称)
との3連戦で代表落ちする選手の名指しこそ避けたものの、

その選手は残りのシーズンで信頼を回復しなければならないと明言した。

 ジョーンズHCは「シックスネーションズで起用した選手は、

現時点で27人から28人が卓越したプレーを披露している。

しかし、そうではない選手が4、5人いる。

彼らにはプレーに対するアプローチを変えない限り、遠征には連れて行かないと言っておく」と語った。

「彼らのプレーに満足はしていない。

態度を改めない限り、

彼らをツアーには連れて行かない。

才能ではない。

態度だ。

彼らは所属クラブのために体を張っていない」

 報道陣から問題の選手と話をしたのかと問われると、ジョーンズHCは

「彼らはどこからかこのメッセージを受け取ることになる」と答えている。

「彼らが事態を好転させることを願っている。いつもそう願っている。選手はこれがイングランド代表に選ばれる契約の一部であることを理解しなければならない」

「オーストラリア代表で指揮を執っていた2004年に、ブリスベーン(Brisbane)でイングランドから51得点を奪った。われわれは彼らが夜にパブで酒を飲んでいたことを知っていたからだ」

「もしそういう態度の選手がいるのであれば、その時点で彼らは代表に選ばれない。単純な話だ」


■ヒーローを求めるイングランドの国民性

 ジョーンズHCは

イングランドが2003年以来のグランドスラムを達成したことで勘違いしている選手を把握しており、態度を改めない限り、彼らの代表でのキャリアを終わらせることにためらいはないとしている。

「誰が(代表落ちの)リストに載っていても驚かない。

彼らには代理人がいて、彼らがいかに素晴らしいかを吹聴する取り巻きがいる。新聞を読んでテレビのコメンテーターの発言を聞いている」

「これはイングランドのラグビー界において最も難しいことの一つだ。

それは誰もがヒーローを求めているということだ。

それが現実だ。

ヒーローは彼らの頭を満たしてくれる」

「代理人は『この靴を履け、あいつは面倒を見てくれるぞ、お前は最高だ』などと言い聞かせる。代理人は口が達者だ。背中をたたいて褒めてくれる。だから選手は勘違いしてしまう」

「そういった選手が何人かいる。以前とは別人だ。彼らは自分自身を理解しなければならない。そうでなければイングランド代表のキャリアは良い思い出になるだろう」

2016/06/13

Rugby




ロゴって、トライしてみた、、、。

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ラグビー発祥の地と言われるラグビー校グラウンド



私は、1981年に行ってみた。
ラグビー留学をしていったときに、研究の為に行ってみた。いかにも英国の古式の学校であり、
エリス少年の記念碑もあった。(※、 近い処に、今回、イングランド・サッカー・プレミアリーグで優勝したレスターという町も在る。)
近くにギルバート社があり、
ラグビーボールなど、グッズがいっぱいにある。

好きな人にとっては有意義な情報である。

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ラグビースクールとは:

ラグビー校(ラグビーこう、Rugby School)は、
ウォリックシャーのラグビーにある、(※ 今の人口は、6万人台である。)

イングランドで最も有名で最も古いパブリックスクールの1つである。

ラグビー球技が生まれた地としても有名である。

11歳から18歳までの男女共学のボーディングスクールである。

定員は950名。そのうち800名が寮生活をしている。年間の学費は、寄宿生で32,025ポンド、通学生で20,094ポンドほど[1]。

毎年行われるサマースクールでは、日本やロシア、ヨーロッパ諸国、中国、韓国、タイなど、世界中から英語を学ぶ学生が集まる。

校舎
エリザベス1世の御用商人として豪商に成長したローレンス・シェリフが
1567年、ラグビー校を創設した。

この学校は当初ラグビーとそれに隣接するブラウンスオーバー村の若者達を教える、無料の小学校であった。

17世紀後半、金持ちで教養を身につけさせたいと思う親の子供たちの寄宿学校に発展していこうとしたが、上手くいかず近隣の子供たちの学校のままに留まった。

1823年、
この学校でウィリアム・ウェッブ・エリスという少年が「フットボールのルールを勘違いして、」ゲームの最中にボールを両手で抱え込んでエンドラインの向こう側まで持ち込んで、それで1点を挙げようとして、そこで新しくラグビーというスポーツがこの学校から誕生した。

ただし、ラグビーの起源とされているこのエピソードは伝説の域を出ておらず、エリス少年が手を使った以前にも似たようなプレーが行われていたという説もある。