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2016/07/23

熊本五百羅漢マイル(参る)を唄おう。




羅漢さんというのは、


仏教の聖者のこと。阿羅漢 (arhatの音写) の略称。
応供 (おうぐ) と訳される。供養と尊敬を受けるに値する人の意。
剃髪し,袈裟を着た僧形に表わされる。

中国,日本では十六羅漢,十八羅漢,五百羅漢のように仏道修行者の群れをさし,禅宗の流通に伴って多数制作された。


熊本の金峰山の山腹に、

かの剣豪・宮本武蔵が修行したと伝説が存在しているところに、霊厳洞があり、近くに五百羅漢が座位している。

長年の風雨で朽ち果て、廃仏毀釈で、半数以上が壊れている。

笑った顔、怒った顔、困った顔、考えている顔、泣いている顔などなど、

色々な表情の羅漢さんがいて、かならず、どこか自分に似ているものがあるという。


唄ってみよう。

のんきが詩を熊本復興のためにも、つけてみた。

仮称「熊本・五百万石(五百羅漢マイル(参る))

  原曲はアメリカのフォークソングであり、日本語訳詩は、忌野清志郎さまであり、単なるノスタルジックな故郷想い・復興のソングなどではない。
忌野清志郎は、反原発や反戦平和の唄などを、真面目に堂々と歌っていた。(一番最後に、付加した。)

だから、この日本語訳の曲も、泣けるのだ。被災の嘆きではなく、前向きの復興ソング唄として、制作した。


イントロ(カポ3か2)

・・G・Em・G・Em ・・Am・C・Am・D


1.
・・G・・Em・・Am・・・C        
桜舞うごつ はうごつ なばんごつ

・・D・・・C・・・D7
がまだす熊本  つよく

・G・・Em・・・Am・・・C
震度7と ふた千余の余震

・・D・・・D7・・・・・G
ふるさと熊本 まけんばい


2.
・・G・・・・Em・・・Am・・・C
熊本城 水前寺 阿蘇神社 阿蘇大橋

・・D・・・C・・・・・・D7
こころのつばさ  しゃちほこ

・G・・・Em・・・Am・・・・C
優しい人よ   愛しい友よ

・・D・・・・D7・・・・・・G
懐かしい家(うち)よ  よみがえれ


3.
・・G・・・Em・・Am・・・・C
大阿蘇外輪山 ラピュタの夢よ

・・D・・・・C・・・・D7
帰りたい心    抑えて

・・・G・・・Em・・・・Am・・・C
くまもと くまもと くまもと くまもと (抑えて 抑えて 抑えて 抑えて ・・でもええよ)

・・D・・・D7・・・・G
絶対まけんばい くまもと


・・G・・Em・・・Am・・・・C
がまだす熊本   よみがえれ肥後よ

・・D・・・D7・・・・・G
心はひとつ    熊本


4.
・・G・・Em・・Am・・・C
まうごつはうごつ  なばんごつ

・D・・・C・・・D7

この街をゆらす 余震

・・・G・・Em・・・Am・・・C
500万石 ゆれても びびらぬ街へ

・・D・・・D7・・・・・G
清正公(せいしょこ) 瓦の    奇跡城


5.
・・G・・・・Em・・・Am・・・C
いきなりだご だごじゅる だごんごつ 美味かあ

・・D・・・C・・・・・・D7
ラーメンに うどん  焼き肉

・G・・・Em・・・Am・・・・C
優しい人よ 愛しい友よ

・・D・・・・D7・・・・G
懐かしい家(うち)よ  よみがえれ


6.
・・G・・・Em・・Am・・・・C
さくらの窓に 映った夢よ   (さくら新幹線の意味)

・・D・・・・C・・・・D7
帰りたい心   抑えて

・・・G・・・Em・・・・Am・・・C
とっとっと とっとっと とっとっと いきとっと  (その座席ば取っているとの意味)

・・・D・・・・D7・・・・G
がまだすばい くまもっとっと


・・G・・Em・・・Am・・・・C
さくら汽車が  駅に着いたら

・・D・・・D7・・・・・G
この街に来るよ  くまもと  (熊本においては、行くよを来るよという第二人称で語る。来るよ 来たよと表現する文化性あり)


7.
・・G・・Em・・Am・・・C
がまだす がまだす  がまだすがまだす  (頑張るの意味、がま出せ でもいい)

・・D・・・C・・・D7
がまだす がまだす がまだす

・・・G・・・・Em・・・Am・・・C
がまだす がまだす がまだす がまだす

・・D・・・D7・・・・・G
がまだすがまだす がまだす


8.
・・G・・・・Em・・・Am・・・C
いきなりだご からしれんこん  太刀魚(たちうお)  鮎ずし

・・D・・・C・・・・・・D7
熊本ラーメン たいぴーえん  

・・G・・・Em・・・Am・・・・C
馬刺しひともじぐるぐる   ご飯の友よ  (ここは忌野清志郎の韻を踏んでいる高等技)

・・D・・・・D7・・・・G
南関あげと  晩白柚 (バンペイユと読み、バンパイアでは無い)


9.
・・G・・・Em・・Am・・・・C
つばめの窓に 映った夢よ (つばめも 九州新幹線の眼玉)

・・D・・・・C・・・・D7
帰りたい心 抑えて

・・・G・・・Em・・・・Am・・・C
とっとっと とっとっと とっとっと いきとっと  (抑えないで 抑えないで 抑えないで 抑えないで でもいい。)

・・・D・・・・D7・・・・G
がまだすばい くまもっとっと

(ラストはゆっくりと思いを込めて)

・・G・・Em・・・Am・・・・C
さくら 汽車が  駅に着いたら

・・D・・・D7・・・・・G
この街に来るよ  くまもと  


======

なかなか良い唄である。
2016/07/23

雨雲の渦のなかを





雨雲の渦のなかを、突き抜けていく


しかない。

雨も、突風もない、

晴れもカンカン照りも、豪雨も地震も、あらゆる天変地異も、


だれも、なにも、俺をとめられない、

雨量、150ミリの大豪雨でも、温かいシャワーにしか感じられない、
眼が痛いなら、つむっておけばいい。
烈しい雷が落ちようが、くらおうが、軽い電氣マッサージだ。気持ちいいぐらいだ。感電死はもう既に何度もした。

たとえ、大火事の大火炎地獄だろうが、もう何百回もおお火傷をしている。背中にも心にも全身体にも、傷だらけだ、傷が無い処はない、ぼろぼろだ、
何も怖いことはない。

痛くない、眠くない、眠れない、完全に火の玉になって、突っ込む、そんな病気なんだ。
とうぜん、常識では測れない病気だ。

誰も近寄れない、

だから、どんな雨雲でも、抜けていく。

ポケモンGOなどではなく、
バケモンGOGOだ。


たとえ、大津波にまきこまれようとも、(不謹慎で御免なさい、でも私の人生は、大津波のようです、今もまだ続いています。浮かび上がりません。)

魂と肉体は、前進する。


いのち?


そんなのはとっくに、地獄の三丁目か、一丁目に置き忘れた。どっかにおっことしている。


それでも、
痛いのは、ひとの言葉と忌避の視線なのだ。それらのほうが一番怖いし、一番こたえる。

それは、俺のこころのもんだいなんだろう、でも誰だって、忌み嫌われることが一番いやだ。

龍がいけないのか?
病気がいけないのか?

行動か言動か?

知ったこっちゃねえ。

俺は生きている。

悪口や足引っ張りしている君たちは死んでいる。

死んでいる奴が、生きている奴をとめられない。


必要なのは、前だ。

うしろじゃない。


=================

この画を昨晩描いて、

どアップで写して、ファイルアップロードしようとして、
何回も
「ファイルサイズが大きすぎます」
で、

アップできなかった。

アップできなかたので、

どアップしたら、出来たことがあったので、やってみたが、何度やってもだめだった。

ネットでそれなりに、調べたが、

テクなどがわからなかった。

半日経ったあとで、

逆に、少し離してうつしてみたら、

アップできた。

なぜか、わからない、


そして、

クールピクスで写した写真をPCに移して、

アップしようとしても、殆どがアップ出来ない、

どうしたらよかんべかと迷う。

簡単なテクなどがあったら、どうか教えてください。

還暦前のおやじより。
2016/07/23

ひなだけど、非力じゃないよ。




銀の龍の背に乗って - 中島みゆき


あの蒼ざめた海の彼方で 今まさに誰かが傷んでいる
在那蒼茫大海的那一方 現在有人正受著傷

まだ飛べない雛たちみたいに 僕はこの非力を嘆げいている
就像還不會飛的雛鳥一般 我因自己的力量不夠而嘆息

急げ悲しみ 翼に変われ
悲傷啊 快變成羽翼吧

急げ傷跡あと 羅針盤になれ
傷痕啊 快變成羅盤吧

まだ飛べない雛たちみたいに 僕はこの非力を嘆げいている
像還不會飛的雛鳥一般 我因自己的力量不夠而嘆息

夢が迎えに来てくれるまで 震えて待ってるだけだった昨日
在夢想對我敞開迎候之前 昨日徒然顫抖地等待

明日 僕は龍の足元へ崖を登り
明天我將登上龍足的山崖

呼ぶよ「さあ、行こうぜ」
我將高喊:出發吧!

銀の龍の背に乗って 届けに行こう 命の砂漠へ
騎在銀龍背上 快到命運的沙漠

銀の龍の背に乗って 運んで行いこう 雨雲の渦を
騎在銀龍背上 渡過雲雨的漩渦



失なうものさえ失なってなお 人はまだ誰かの指にすがる
就算因為失去的事物而更加迷失 人們也還能依賴他人的指引

柔らかな皮膚しかない理由は 人が人の傷みを聴くためだ
比柔嫩的肌膚都還要溫柔的理由 是因為人們為了聽到人的苦痛而出口

急げ悲しみ 翼に変われ
悲傷啊 快變成羽翼吧

急げ傷跡  羅針盤になれ
傷痕啊 快變成羅盤吧

まだ飛べない雛たちみたいに 僕はこの非力を嘆いている
像還不會飛的雛鳥一般 我因自己的力量不夠而嘆息

わたボコリぼこりみたいな翼でも 木の芽みたいな頼りない爪でも
即使我的翅膀還只是黃色小雞的程度 即使我的爪子像樹芽般還不夠可靠

明日  僕は龍の足元へ崖を登り
明天我將登上龍足的山崖

呼ぶよ「さあ、行こうぜ」
我將高喊:出發吧!

銀の龍の背に乗って 届けに行いこう 命の砂漠へ
騎在銀龍背上 快到命運的沙漠

銀の龍の背に乗って 運んで行こう 雨雲の渦を
騎在銀龍背上 渡過雲雨的漩渦

銀の龍の背に乗って 運んで行いこう 雨雲の渦を
騎在銀龍背上 渡過雲雨的漩渦

銀の龍の背に乗って
我騎乘在銀龍的背上

銀の龍の背に乗って
我騎乘在銀龍的背上

銀の龍の背に乗って
我騎乘在銀龍的背上

銀の龍の背に乗って
我騎乘在銀龍的背上



===========
私のんきが、

この唄を
むすこに謳ってあげたとき、

「ぼくは
ひなみたいだけど、

非力じゃないよ。」

と言った。

何ともいえない、

言葉にできない。



今、むすこも病気と闘っている。

私もむすこも、

病気になったのは、
このフレーズ

失なうものさえ失なってなお 人はまだ誰かの指にすがる


柔らかな皮膚しかない理由(わけ)は 人が人の傷みを聴くためだ

なのだが、

人の痛みを聴いて、ゆれすぎる、われわれは、ゆれてぶれて、しんどいのだ。

鉄のこころが欲しいとも思う。
2016/07/23

銀の意味。天才中島みゆき



下記の記事、
フェイスブックで、シェアさせてもらい、

そのまま、引用させてもらい、学びたいと思います。

偉大なやさしい、中島みゆきの才能を今一度、リスペクトする。



中島みゆき 銀の龍の背に乗っての謎を解明する!


いまや国民的スターと呼んでもはばかりない歌手、中島みゆき。

彼女の歌は多くの人の琴線(きんせん)にふれていますね。

大ヒットした中島みゆきの曲「銀の龍の背に乗って」。今回はその曲を取り上げます。

いったいどんな曲で、
銀の龍とはなんなのでしょうか?知られざるエピソードを語ってみたいと思いますので、よろしくお願いします。


「銀の龍の背に乗って」のキーワードは、、、「非力」ということ。


この銀の龍の背に乗っては、フジテレビのドラマである、「Dr.コトー診療所」のテーマ曲でもありました。

この曲に込められた意味とは何でしょうか?

それは、船が波を切ってできる白波。

白波が太陽に照らされて輝くサマを「銀の龍」と表現しています。


金の龍ではなく、銀の龍。

強くたくましい金の龍のイメージではなく、

非力で、弱弱しい銀の龍のイメージなのです。そのこだわりが、この曲のイメージテーマ、

そしてキーワードである、「非力」につながっているのです。


「銀の龍の背に乗って」の「銀」の語源は、、、?

銀、シルバー、Silverという単語には、語源があります。

それはメソポタミア語の「輝く」という意味をもってます。

そして「純粋」「無垢」「神聖」の象徴でもあるのです。

ですので、
昔からずっと、教会で使われる宗教の儀式に必要な道具は、

銀で作られているんですよね。

そんな意味合いも、銀の龍の背に乗って、には含まれているのではないでしょうか。



産婦人科医だった中島みゆきのお父様の言葉をつかって!

中島みゆきさんは、お父さんは産婦人科医だそうです。

「銀の龍の背に乗って」は、そんなお父さんの言葉もモチーフにして作ったといわれています。

お父さんへの愛、育ててくれたときの思い出などがつまった、楽曲でもあるのですね。

また、
中島みゆきさんは、吉田拓郎さんのファンでも知られています。ミニスカートで吉田拓郎さんの楽屋を訪れたこともあるそうですよ。

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中島みゆき「銀の龍の背に乗って」が気になったら、ライブで見てみよう!


いかがでしたでしょうか?

中島みゆきの、「銀の龍の背に乗って」。

こんなエピソードが隠されていたんですね。

ますます好きになっちゃいませんか?そしてそんな中島みゆきが気になったら、ぜひライブで見てみましょう!

中島みゆきのライブチケットはとってもレア!
でもチケットキャンプなら手に入ります!

チケットキャンプではそんな中島みゆきのライブチケットを取り扱っています。どうぞご覧ください。
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もう、10年前くらいになるだろうか。

ラグビーの後輩のRが、最愛の妹を、不治の病とされた癌で失くして、憔悴しきっていると聴いた。

それを心配するラグビーのマネージャーMが、
私のんきを誘って、

人吉に行って、

励ました。


私のんきは、
精一杯の想いで、

へたくそギターを弾きながら、謳った。(あらかじめ、何日か練習しておいたが、へただった。)


銀の龍の背に乗って

ヨイトマケの唄

人吉の焼酎は、うるると美味しかった。

お土産に
人吉米焼酎「大石」
を頂いた。

あの
Dr コト―診療所のドラマは泣けに泣けていた。
主演は、吉岡秀隆だ。

このドラマの背景には、実際に鹿児島の上甑島の診療所の先生が居るというから、おったまげる。

現代版のブラックジャックといえるだろうが、実際のコト―先生は、高い報酬などとらない、

吉岡は非力の代表格であっただろう。

今、北の国からのリバイバルがあっているが、あのじゅん役が子役で出ていて、成長していった番組だ。

ドクターコト―か、
離れ島の診療所から、

住民たちのいのちを追いかけ、船酔いしながら、非力だが、漁船のふねという龍に乗って、疾風していた。

尊敬している。

上記のブログをかいてくれたひとにも尊敬の念を送る。有難う。

さて、
この10年の間に、
さまざまの病気を背負い、障碍者にもなり、
はからずも
非力になっちまった。

仕事も奪われた。

だけど、
今一度、
非力なわたしだが、強く願うし、自分の特長の絵描きやアイデアをいかし、あがいている。ひよこのような翼である。

今改めて、、、、

銀の龍が欲しいし、
つばさがほしい。

なんとかならんか。

自力でなんとかするしかないから、足掻いている。