2017/04/23

枯木鳴鵙図から、「もずが枯れ木で」の反戦へ




枯木鳴鵙図から、

鵙(もず)の鳥の部分を、拡大して模写してみた。
やはり、眼つきの鋭さは、難しい。

さて、
もずと言えば、

「もずが枯れ木で」という唄があるのをご存じでしょうか。

作詞がサトウハチローなので、
御用作詞家か?

どんな歌なんだろうと思っていました。

歌詞をよみ、かみしめて、よくよくうたってみたら、厭戦歌であり、反戦歌でした。

いま、全世界的に、北朝鮮危機や自国主義があるタイミングなのだが、

満州という大陸にに、日本人が日本軍として、侵略していた時代のうたなのです。

今こそ、こんなうたやイマジンやボブディランを唄って、
今一度、「反省平和」を、訴えるべきではないでしょうか。


北朝鮮から、8万人もの人民兵器(殺戮集団、工作員ーダムなどに細菌兵器を容れにくるかもしれないーなどというまことしやかな話が流れてきています。


戦争は絶対に起こしてはなりません。
にんげんは、何度、同じあやまちをするつもりなのでしょうか??

未来への子どもたちに残せるのは、
平和とみどりの地球なのです。
あまい綺麗ごとに聞こえますか?
でも、きれいごとや、正論が言えなくなって、共謀罪を気にしすぎて、声を大に出来なくなったら、終わりです。




実は、、、、
一番今、びびっているのは、自衛隊員とその家族なのです。


兄(あん)さや父や若者たちが、戦争にとられたら、
薪割りが減るどころではありません、、、

冷静にかんがえてください。
大好きなプロ野球もJリーグのサッカーもスケートもゴルフも、子どもたちの全スポーツも音楽も美術もすべての芸術も、好きなゲームも、
お笑いも、大事な勉強も、何もかもできなくなるのです。

携帯や、インターネントも、こんなブログも、緊急に取り上げられる可能性だってあります。
反対したら、
共謀罪で、捕まります。

信じられないことが、つぎつぎに起こります。

===================

「もずが枯れ木で」は厭戦歌だった  


もずが枯れ木で

作詞:サトウハチロー
作曲:徳富 繁(茨城県中学教師)


1 もずが枯木で鳴いている
  おいらは藁(わら)をたたいてる
  綿ひき車はお婆さん
  コットン水車もまわってる


2 みんな去年と同じだよ
  けれども足りねえものがある
  兄(あん)さの薪割る音がねえ
  バッサリ薪割る音がねえ

3 兄さは満州へ行っただよ
  鉄砲が涙で光っただ
  もずよ寒いと鳴くがよい
  兄さはもっと寒いだろ

 


 今日(こんにち)、改めて歌詞を口ずさむときちっとは歌えません。
それでネット検索して上記の歌詞を認識したのでした。
偶然なのですが、二木紘三さんのホームページでこの歌の歌詞がサトウハチロウが書き、茨城県の徳富繁さんが作曲したことを知りました。

 この歌が1935年に作られていて、
日本の軍国主義が中国への本格的戦争を拡大していた時期でした。

この歌の3番の歌詞はまさに厭戦の詩だと思うのです。

よくこんな歌が戦時中の検閲を潜り抜けたものだと不思議に思うのです。

戦後の歌声運動の中でも歌われていたそうですが、私はどこで覚えたのでしょうか?記憶が定かでありません。
 私は正確には理解していないのですが、サトウハチロウは戦争に協力する詩を作った人とばかり思っていました。
 そうとばかりは言えない面を持っている人のようだということを二木さんの研究文書を読んで知り驚いたのです。

 詳しくは二木紘三さんのホームページをご覧ください。
httpここをクリックして://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/03/post_0945.html

===============

以上、引用しました。

他の文献において、
好戦的な時代であり、愛国主義で、
軍歌がはやり、

この「もずが枯れ木で」は、

茨城県内にとどまったようでした。


戦争は、侵略も、核戦争も、人災です。

天災とされる、
地震どころではない、大被害が起きます。

それらのボタンを北朝鮮もアメリカも握っていること自体がおかしいのです。

核には核ではありません。

あらためて、考えてみました。


関連記事

コメント

非公開コメント