2017/05/23

前触れか  龍の瞳に  カラコンか




東北に龍の目が現れるとき、九州の大分の地底に火山の陥没地割れが発見された。
世界中は、

テロの津波がぶり返す。


小栗旬、西島秀俊主演の人気番組のクライシスのなかに、
出てきた、

平成維新軍たちがかかげる一方的な主張は、下記のニーチェの言葉だった。

現今、
世界に暗躍するテロリストたちの言いたいことはこんなことと、あんまり変わらない。
地道に働かないで、

力と力で、打倒しようとするものだ。

何回読んでも、
結局は、権力的だ。
イギリスのコンサートで、またもテロが起きて、死傷者が出た。

もういい加減にしてほしい。



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国家が終わるところ、そこに、はじめて人間が始まる。


ツァラトゥストラはこう言った
    「新しい偶像」



 今もまだどこかに民族と蓄群が残っているだろう。しかし、我々の所にはない。わが兄弟たちよ。
ここにあるのは国家である。

 国家? 国家とは何か?
では耳を開いて聞きなさい。

今、私は、あなたがたに、もろもろの民族の死滅について語るだろう。

国家とは、あらゆる冷ややかな怪物の中で、最も冷ややかなものである。それはまた冷ややかに嘘をつく。

「この私、国家は、すなわち民族である」、こんな嘘がかれの口から出てくる。
 それは嘘だ!
かつてもろもろの民族を創造し、その頭上に一つの信仰、一つの愛をかかげたのは、創造者たちであった。このようにして、かれらは生命に奉仕したのだ。

 いま多数の人間に対して落とし穴を仕掛け、それを国家と呼んでいるのは、破壊者たちである。
かれらはその落とし穴の上に、一本の剣と百の欲望とを吊り下げる。


 民族がまだ存在しているところでは、民族は国家などというものを理解しない。民族は国家を災禍のしるしと見、風習と掟に対する罪として憎む。

 民族の特徴を、わたしはあなたがたに教えよう。民族は、どの民族でも、善と悪について、独自の言葉を語っている。隣の民族には、それが理解できない。民族は自らの言葉を自らの風習と掟の中で作り出したのである。

 ところが国家は、
善と悪についてあらゆる言葉を駆使して、嘘をつく。

国家が何を語っても、それは嘘であり、国家が何を持っていようと、それは盗んできたものだ。

 国家における一切は贋物である。
盗んできた歯で、それは噛む。その臓腑までが贋物である。

善悪に関する言葉の混乱。わたしはこの徴候を、国家の徴候としてあなた方に教える。まことのこの徴候は死への意志を示す。まことに、この徴候は死の説教者たちに目くばせして、彼らを招く!

 余りにも多数のものが生まれてくる。余計な人間たちのために国家は発明されたのだ!
 どんなに国家が、かれら、多数の者を誘い寄せているかを見るがいい!どんなに国家が彼らを呑み、噛み、反芻するかを見るがいい!
 「地上には、私より大いなるものはない。わたしは神が秩序を与える指である」 こうしてこの怪獣は咆える。その前にひざまずくのは、耳の長い驢馬ども、ないしは近視者のたぐいだけではない!

 ああ、あなたがた大いなる魂よ、あなたがたの耳にも、国家はその暗鬱な嘘をささやく。ああ、国家は、惜しげなく自己を捧げる豊かな心情の持ち主をすかさず見抜いているのだ!

 そうだ、またあなた方、古い神を征服した者たちよ! 国家はあなたがたの心中をもすかさず見抜いている。あなた方はその戦闘によって疲れている。そこで今は、あなた方のその疲労が、新しい偶像に使えることになる!

 英雄や栄光ある人々を、国家は自分の周りにならべたいと思うのだ、この新しい偶像は!疚ましくない良心の陽射しの中で、日向ぼっこをしたいのだ、この冷ややかな怪獣は!

 もしあなたがたが、かれをひれ伏して拝むなら、かれ、この新しい偶像は、あなたがたにすべてのものを与えようとする!こうしてかれは、あなた方の美徳の輝きと、あなた方の誇りにみちた眼差しを買い取るわけだ。

 かれはあなた方を餌にして、「余りにも多数の者」をおびきよせようとするのだ。まったく身の毛もよだつ手品が考案されたものだ。神々しい栄光を燦然ときらめかせ、鳴り響かせていく死の馬だ!

 そうだ、多数者を招き寄せる死が案出され、この死が自ら生命として讃えるのだ。まことに、これはすべての死の説教者たちへの心からなる奉仕である。

 善人も悪人も、すべての者が毒を飲むところ、それを私は国家と呼ぶ。
善人も悪人も、すべてがおのれ自身を失うところ、それが国家である。すべての人間の緩慢なる自殺、それが「生きがい」と呼ばれるところ、それが国家である。

 
この余計な人間たちを見るがいい! 
 かれらは創意ある人達の所産や賢者たちの数々の宝を盗み出し、この窃盗を教養と呼んでいる。しかもこうした一切がかれらの病気となり、災いとなっている!
 
この余計な人間たちを見るがいい!
 かれらは常に病気である。かれらは胆汁を吐き、それを新聞と呼ぶ。かれらは、お互いを貪り食い、しかも消化することもできない。
 
この余計な人間たちを見るがいい!
 かれらは富を手に入れ、それによってますます貧しくなる。かれらは権力を欲する。そこでまず権力をつくりだす鉄梃である、おびただしい金銭を求める、この無力なものどもは!
 
かれらがよじ登って行くさまを見るがいい。この敏捷な猿どもが!
 かれらはおたがいの頭を踏み越えてよじ登りつつ、お互いを泥沼に引きずり落とそうとする。

 誰もかれもが王座につこうとする。これがかれらの狂気だ、まるで幸福が王座にあるかのように!だが王座にあるのはしばしば泥にすぎない。また王座がしばしば泥の上に乗っていることもある。
 
わたしから見れば、かれらはみな狂人であり、よじ登る猿であり、熱にうかされた者である。

かれらの偶像、この冷ややかな怪獣は悪臭を放つ。かれら、この偶像を崇拝する者ことごとく悪臭を放つ。

 わが兄弟たちよ。あなた方は、かれらの欲望の口元から出てくる毒気の中で窒息する気なのか?むしろ窓を打ち破って、外へ飛び出すがいい!
 
悪臭から逃れよ! あらずもがな人間たちが営む偶像礼拝から逃れよ!
悪臭から逃れよ! この人身御供から立ち昇る濛気から脱出せよ!

 大地は今もなお、大いなる魂たちのためにひらかれている。孤独なるひとりぽっちの者、ふたりぽっちの者のために、いまもなお静かな海の香りが吹き巡る多くの座がある。

 大いなる魂たちのために、いまもなお自由な生活がひらかれている。まことに物を持つことの少ないものは、それだけ心を奪われることも少ない。ささやかな貧しさは讃えられるべきかな!


 国家が終わるところ、そこに、はじめて人間が始まる。
余計な人間でない人間が始まる。

必要な人間の歌が始まる。一回限りの、かけがえのない歌が始まる。

 国家が終わるところ、
その時、かなたを見るがいい、わが兄弟たちよ!あなたがたの眼に映るもの、あの虹、あの超人への橋。

 ツァラトゥストラはこう言った。
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