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2017/12/02

相撲好きな三郎じいちゃん


(本文と画はなんら、関係ありません、相撲の力士を描きたくないので、かかなかった。)



私の、父方の三郎じいちゃんは、

三度の飯より、相撲が好きだった、そのころ、巷に、少しずつ、テレビというものが普及してきていた。


二カ月に一回、
続けて、私の家に2週間かよってきていた、小さいころは、気づいていなかったが、

三郎じいちゃんちには、テレビがなく、私の家には、新品のテレビがあった。

じいちゃんは、離れ島から、、船にのって、わざわざ、毎日、通ってきていた、
私は、
「じいちゃん、あれは何て読むとね?」

と熱心にきいていた、
「海乃山(かいのやま)と読む場合もあるし、玉の海(たまのうみ)と読むばあいもある。」
無口なじいちゃんは、
相撲の質問には、わかるように教えてくれた。

音訓の区別はわからなかったけども、
小学校1年生の一年間で、相撲取り、力士らの名前を全て読むことができた。
つまり、
その後も、漢字は習わないうちから、読めるのがあたりまえで、わからなければ、自分で学ぶ、あるいは訊く
というのが、
当たり前になった。

それで、新聞も読めるようになり、

国語が大得意になった、
そして、大好きになった。
国語がすべての学科の学力の基礎だから、図書館の書物もどんどんよむようになった。

母などから、読み聞かせ等、一回もしてもらったことがなかったが、
私は弟に読み聞かせをして、
兄に算数と図工を教えていた。
(後年、
私が予備校に通ったときに、現代国語のくまもん県では、かなり有名で、熊日新聞の短歌の指導者の、H先生にならったときのことである。

大学入試の問題において、接続語で、H先生を打ち負かしたのである。前のブログでは書いたものだが、また別の機会に、したためようと思う。)

三郎じいちゃんのおかげである。

無口な寡黙な祖父母たちが、唯一、楽しみにしていた、角界が、
さんざんな
時代になった。

じいちゃんたちは、草葉のかげで泣いているだろう。
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