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2018/09/12

忍耐の美学 年の瀬や川の流れとひとの身は、、、




大坂なおみの我慢と、忠臣蔵の忍耐の美学を重ねて見ます。

忠臣蔵の
史実と事実は、今や、政治権力と夫々の魂胆の中で、埋もれわからないというのが真実でしょう。

最終的には、徳川の権力の持ち直しのために、「武士道の鑑として」利用されたのが現実でしょう。
その証拠に、
当時一番流行っていた、文化とメデイアの最たるもの歌舞伎の演目に多数取り入れられていったことでしょう。

★「宝井其角と大高源吾、両国橋の別れ」は、有名ですね。


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赤穂浪士の「大高源吾」は俳諧にも造詣が深く、
「子葉」(しよう)という号を持っています。
時は十二月十四日の、
討ち入りの日の夕方、大歳のすす払いの「すす竹」売りに身をやつした源吾は、
両国橋で、俳諧仲間の師匠「宝井其角」と偶然会います。

其角は、源吾の身なりを見て、
その落ちぶれようが本当だと勘違いし、もう合うこともあるまい、と自分の羽織を与えます。

そして、最後に付け句を、
と、
橋の上から隅田川の流れをを見ながら、

「年の瀬や、水の流れと人のみは」と出します。

(この意味は、年月がたつと、人の運命は大変変わるものだ。
特に落ちぶれた時は、年末の時が余計に身にしみる。

水の流れは止まらず、流れていくように、人の身(運命・・この場合は源吾を指す)も本当に分からないものだ、
というものです。)


これに対し、源吾は、
その夜が「吉良邸」への討ち入りですから、

「明日 またるる その宝船』と返すのです。

(意味は、
明日になれば討ち入りは終わる。長年の願いがかなう。

吉良を討つことができれば、最高だ。
万一失敗しても、皆で切腹するのだから、なき主君の下へいける。

ともかく、長年の念願であった本懐を遂げることができる。
宝船みたいだ。というものです。)


其角は、
この意味が分からず、その足で、俳諧の指導をしている旗本「土屋 主税』の屋敷へ行きます。

そして。
この話をすると、「主税」は、この「付け句」のなぞを解くのです。

そして、「土屋 主税』の屋敷は、吉良邸の隣にあるのです。
歌舞伎でも「土屋 主税」は良く上演される演目です。

この二人の俳諧の付け句のエピソードを題材にした歌舞伎に、「松浦の太鼓」もあります。

歌舞伎だけでなく、講談や何かでも有名な話ですね。

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★ドラマや映画では、
土屋主税の屋敷が吉良邸にてあるので、赤穂浪士の討ち入りと気づいた土屋主税が、家来に命じて、高張り提灯を照明として差し出す場面が有ります。
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