2017/02/26

「手紙」という番組から考える





ひとと人の心のなかに、橋は架かるのだろうか?


「手紙」(原作ー東野圭吾)

という番組を観てみた。

兄が、強盗殺人を犯して、無期懲役を喰らう、


その弟が、

仕事をしていく、
夢の「お笑いの漫才師」も、目指すが、、ことごとくに、

噂、流言飛語が飛び交い、

差別がやってくる。

それを支えてきた由美子と結婚する。


みきという女児が誕生するが、
またも、

社宅たちの奥様方に、うわさ、仲間はずし、「人殺しの子」
といわれる壁にぶちあたってしまう。

我が子が、
「ひとごろしのこ」


呼ばれるほど、過酷な出来事なんて、無い。

大人は我慢できるが、子どもに受ける差別軋轢は、がまんできないと何度も聞いたことがある。



身内に、犯罪者が居る場合の差別、もしくは「刑を終えたひと」に対しては、
まだまだ、
実際上差別があると思う。


差別する側は、
自分の自己防衛本能
で、

差別してしまう。

だから、
身内、
親戚
、家族そのものから

差別がやってくる。


これには、まだ答えが出ていないだろうと思う。


最後に、

刑務所の中で、
漫才をしていくなかで、
その中身で、

兄貴とは血がつながっているからというメッセージを送る。

兄貴は、
合掌しながら、聴いていた。


関連記事

コメント

非公開コメント